第三回 「中略GW〜みんなで体を動かそう〜」

 

 そんなわけで、大和が一時間渋っていたが、結局――

「ま、男と女じゃポテンシャルが違うし、別に負けても問題ないか」

 ――なんて大和が言い始めたので、俺は何か心にわだかまりを残したまま、ルール確認をすることにした。

 西の方に、どんよりとした雲が広がっているのだが、気にしないで話し始める。

「あ〜、まいいや。じゃあ簡単にルール確認するけど、S公園を一周する。途中、公園を横切るのはなし。車には注意すること。あと、基本的にズルは駄目」

 ルールと言っても、明確な原則があるわけでもない。

 細かいところ、両者の間での暗黙の了解というやつだ。

「おっけ〜。このレースが終わったら、リクがジュース奢りね」

「何で無条件で俺が奢らなくちゃいけないんだよ」

 というリクの正当な意見に大和は、

「だって走ったら喉渇くじゃん? だからリクが奢りなの」

 なんて理不尽なことを言い始めた。

「冗談じゃない。絶対にお断りだ」

「え〜? 何でよ〜?」

「あ〜だこ〜だ」

「ぶ〜ぶ〜」

 とうとう痴話喧嘩に発展してしまった。

 二人とも頑固な性格だから、このままじゃ埒が明かない。

「あ〜もう痴話喧嘩はその辺にして――」

「「誰が痴話喧嘩だ!」」

 人の喋ってる途中に、二人同時にツッコんでくる。

「――さっさとスタート地点についてくんない?」

 あまり構わず俺は言葉を続ける。

 それを聞いた二人は渋々スタートラインに立つ。

 まぁ、ラインと言っても、歩道のマス目に合わせただけだが。

「んじゃ〜行くぞ〜。よーーーーーーーーーー――」

 俺は間延びした声でスターターを務める。

 多分、俺が適当にやってると、大和は痺れを切らして、

「ちょっとクウ! 早くしなさいよ!」

 そらきた!

「――いドン!」

 俺は大和の言葉を完全に無視してスタートの合図をした。

 当然、俺の方を向いていた大和は出遅れる、っていうかリク、スタート速っ!

 まるで、俺の出す合図のタイミングが始めから分かっていたかのような、軽やかなスタートダッシュ。

「あ! ちょっ、ズルーい! やり直しでしょ、フツー!」

 などと文句を言いながらも、猛然と追い上げる大和。

 しかし、最初の差はかなりあるように見えた。

 そのまま、二人は見えなくなった。

 ――それから少し経って――

「あ〜暇んなっちった」

 それもそのはず、俺は特にやることもないのだから。

 

 それからすぐのこと。俺たちは出逢った。

 正確には、俺が一方的に出逢ったのだが。

 その少女は東京タワーから友達と二人で出てきた。

 肩にかかる真っ直ぐな黒髪。

 あどけなさの残る顔つき。

 友達と楽しそうに歩いていく後ろ姿。

 全てが俺の心を掴んで、離さない。

 何だ、この感じは。

 今まで味わったことのない感じに戸惑っているうちに、いつの間にかその少女は姿を消していた。

 俺はその変な感じを、帰ってきたリクと大和に話してみた。すると、

「クウ、あんたバッカじゃないの!?」

「そうだな、クウは馬鹿だ」

 なんて、けなし言葉が返ってきた。

 二人の顔は、心なしかニヤけているような気がした。

「なっ、なんだよ! 人が真剣に相談してんのに! それでも、親友かよ!」

 すると、リクは真剣な顔つきで近づき、こう言った。

「それはな、恋だよ。こ・い。しかも一目惚れ」

「なっ!」

 コイ? コイってあれか。魚編に里って書く――

「――それは鯉だ。俺が言ってるのはLOVEの方だ」

「おい! 人の心を勝手に読むな!」

「全部声に出てるっつーの。まぁ、いいや。とりあえず今日は、進級祝いと同時に、クウの一目惚れ祝いも込めて、盛大にやろうぜ」

「さんせ〜い! ってあれ?」

 どうやら、スタート前に西にあったどんより雲がこちらに到達したらしい。

 大雨が急に降り出してきた。

 漆黒の雲が、いつの間にか辺りを覆い尽くしていた。

「さっきまであんなに晴れてたくせに〜!」

 大和が吼えだしたので、俺達は雨の当たらない所、否、大和の八つ当たりを喰らわないところへ逃げる。

 その後、俺達は気持ちを雨天モードに切り替えて、ボウリングやらビリヤードやらをして、進級祝いを行った。

 しかしあれが鯉――いや、恋なのか。

 天野空馬、十七歳、独身、職業、高校生。

 思わぬ形の初恋の瞬間であった。

 ちなみにレースは、当然のようにリクが勝利を収めた。

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