CASEV――とある非常識私立高校の話――

 

 無駄に馬鹿でかい音楽荘と呼ばれる部室で、美少女と見紛う少年は窮地に立たされていた。

 今日は朝練があるから、早くに音楽荘に集まるようにと、吹奏楽部の部長――町田明日香部長に言われて、ノコノコと朝早くに音楽荘にやってきたのが、彼の悲劇の始まりだったのかもしれない。

 彼の名は龍宮絵里菜。

 彼の苦労は今に始まったことではないが、今回もまた、いつも通りにピンチなのである。

「エリちゃん♪ 今日は何日か知ってる?」

 道ですれ違えば、誰もが振り返るほどの美少女が、これまた美少女、いやいや、か弱き少女の顔つきをした少年に問いかけていた。

「今日ですか? 二月十四日ですけど・・・・・・それが何か?」

 至極当然のごとく答える絵里菜。

「今日が何の日か知ってる?」

 どこか意味深な含みを込めて再度問いかける。

「えっ・・・・・・と。アル・カポネと抗争を繰り広げていたバッグズ・モラン一家のヒットマン六人及び通行人一人の計七人が殺害された日・・・・・・ですか?」

「そんな物騒な事件のことなんか聞きたくないわ。エリちゃんも心の中では分かってるんでしょ?」

 ジリジリと迫ってくる明日香に、絵里菜はどうすることも出来なかった。

 真冬だと言うのに、絵里菜の額には嫌な汗がダラダラと流れていた。

「あ〜・・・・・・あははははは。な、何でしたっけ?」

 明日香先輩のことだ。きっと何か企んでいるに違いない。

 そう思った絵里菜は、とことんシラを切る方針に決めた。

「もうっ! 別に獲って食べたりなんかしないわよ。今日はバレンタインデーなのよ? だからはいっエリちゃんに♪」

 そう言って差し出されたのは、ピンクの包装紙とリボンで綺麗にラッピングの施された、可愛らしい箱だった。

「これを、俺に、ですか? あ、ありがとうございます!」

 てっきり襲われるのではないかとビクビクしていた絵里菜は、その意外と普通な展開に驚きながらも、素直に嬉しさを表出していた。

「ほら、学校だと渡すの放課後の部活の時になっちゃうじゃない? で、その時にはエリちゃん、いっぱいチョコ貰ってると思うのよ。だから、一番に渡そうと思って♪」

 なんだかまるで自分の彼女にでもなったような口ぶりで話す先輩に、絵里菜は何も言い返すことが出来なかった。

 というのも、ここまで乙女チックな明日香を、絵里菜は見た事がなかったからだ。

 いつもは周りを振り回してばかりの先輩の意外な一面に、絵里菜は少し得をした気分に浸っていた。

「その代わり、ホワイトデー、楽しみにしてるからね♪」と言い残して去っていった明日香の言葉が、後に絵里菜を悩ますことになるのだが、それはまた今度、機会があったら話すことにしよう。

 

 その後絵里菜は、普通に学校へ向かったのだが、至る所で問題にぶち当たることになる。

 まず初めに、学校に着いて上履きに履き替えようとした時に、それは起こった。

 いや、起こっていたのだ。

「・・・・・・何これ?」

 靴箱の扉が半開きになっていて、そこになにやら箱らしきものが見えている。

 その異様な光景に、絵里菜はしばし呆然と立ちつくしていた。

「え〜っと・・・・・・」

 しばらく考えた結果、どの道雪崩は避けられないと諦め、意を決して扉を開けることにした。

 当然、唯一の支えであった扉がなくなれば、中の物は自然と外へ投げ出される。

 それを一生懸命拾う絵里菜の姿を見て、彼のファンがまた増えたという。

 ある人曰く、「あんなに愛くるしい子を見たのは初めてだ!」

 またある人曰く、「せっせと箱を集めてる姿にハートを射抜かれました!」だそうだ。

 

 次の問題に出くわしたのは言うまでも無い。

 教科書が入っているロッカーだ。

 どこかの高校や、先ほどの靴箱同様、半開きの扉。

 今度は迷うことなく、その扉を開いた。

 どうやら今日は、龍宮絵里菜周辺で雪崩警報でも出ているようだった。

「おはようエリ、ってどうしたんだ、その大量の箱」

「え? あ〜・・・・・・。ち、ちょっとね・・・・・・」

 席が近かった関係もあり仲良くなった竜馬が心配そうに訊ねてきたが、自分でもよく分からなかったので、明確な返答は出来なかった。

 絵里菜の机の上は、大きさ様々の箱で埋め尽くされている。

 どうやらこれらは、カバンに入りきらなかったらしい。

「絵里菜く〜ん。いる〜?」

 やたらテンションの高い声で絵里菜を呼んでいるのは、隣のクラスの蒼葉香澄である。

 彼女は、絵里菜を見つけると、すぐさま駆け寄ってきた。

「いたいた。わっ、凄いね〜。これ全部戦利品? さすが絵里菜くんだねっ! そんなこともあろうかとはいこれ、チョコ専用バッグ〜! と私からのき・も・ち♪ じゃね! きゃ〜!」

 そう言うと恥ずかしそうに顔に両手を当てながら、マッハで教室を後にした。

 余りの速さに、お礼を言うことすら出来なかった。

「部活の時にちゃんとお礼言お」

 そう呟いた絵里菜だった。

「あ、絵里菜くん」

 名前を呼ばれて絵里菜が振り向いた先には、クラスメイトの瀧澤麻衣香がチョコを手にして立っていた。

「あの、これ、もしよかったら」

 今度こそはお礼を言い忘れまいと、絵里菜はしっかりとお礼を言うと、麻衣香は頬を赤らめながら自分の席へそそくさと逃げるように去っていった。

 絵里菜の戦利品は増える一方である。

 因みに、絵里菜の入手したチョコの量を見て、梶原辰哉が羨ましそうにしていたのは言うまでも無い。

 香澄がくれたチョコ専用バッグというのが、恐るべき容量を誇っていて、今まで入手した大量のチョコが全てそのバッグの中に収める事が出来たことに、絵里菜は若干の恐怖すら覚えていた。

 そんなこんなで、大量のチョコの入ったバッグを担ぎ、音楽荘へと向かっていた。

 授業と授業の合間にも、絵里菜の戦利品は増える一方であった。

 途中、クラスメイトで生徒会会計でもある北条綾香や、その姉、生徒会長を務める北条歩美からもチョコを貰い、チョコ専用バッグは、音楽荘に向かう頃にはサンタクロースの袋のようになっていた。

 ここでもチョコを貰った絵里菜は、その日からチョコの清算に四苦八苦する日々が続くことになる。

 

「う〜ん、このチョコどうしよう・・・・・・」

 チョコレートの逆サンタと化した絵里菜の部屋には、大量のチョコが散乱していた。

 「ホワイトデーは三倍返し」と世間ではよく言うが、絵里菜に贈られたチョコの殆どが匿名によるもので、絵里菜は一体誰にお返しすればいいのかと必死に悩んでいた。しかしその問題は。「書いてないんだからしょうがないんじゃないか」という宮本海斗副部長の一言で納得した。

 次の問題はもちろん、このチョコたちの清算方法である。

 変なところで生真面目な絵里菜は、このチョコたちをしっかりと一人で平らげた。

 かなりの時間がかかったようだが。

 そんな健気な所が絵里菜のファンを増やすのだと、関係者は語る。

 そして絵里菜はこう語る。

「もう、しばらくチョコは食べたくないかも」と。

 バレンタインデーから三日間、絵里菜はチョコの海に呑み込まれる夢を見たという。

 これは余談だが、辰哉は吹奏楽部の仲間にすら、チョコを貰えなかったという。

 まあどうでもいい話か。

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