球技大会も終わり二週間が経過し、平穏な日常を取り戻した蒼葉高校。
しかし、中には平和でない人もいる。
球技大会のことばかりに気をとられていた人が、主に被害にあった。
そして今は、部活開始前の音楽荘にいる。
「あれ? そういえば、辰哉くんと結城姉妹がいないみたいだけど・・・・・・」
今まで誰も触れなかった話題に、海斗先輩が初めて疑問を覚えた。
「それはですね、球技大会が終わった次の日に、抜き打ち中間テストがあったじゃないですか。それで、見事に撃沈したらしく、補習食らってるんですよ」
全く酷い話だ。まさか球技大会翌日に、
「さぁ! 今日は中間テストよ! みんな、頑張ってね♪」
なんて言われると思わなかった。
おかげで、補習者が後を絶たなかったらしい。
明日香先輩は、そのことには全く触れずに話し始めた。
「さ〜不本意ながら演奏会もあることだし、練習しようか?」
「不本意ながらってどういうことですか! それが本来の吹奏楽部の活動ですよ!」
明日香先輩の顔は、明らかに不満そうな表情をしている。
明日香先輩、好きで吹奏楽やってるんじゃないんですか?
その手には新品のヴァイオリンが・・・・・・。
「あ、ほんとに買ってもらったんですか?」
誰に買ってもらったかは♯64を見れば解るよね?
「そうよ〜。これでエリちゃんと練習が出来るわ♪ みんな〜! 各自練習開始!」
『は〜い』
みんなは明日香先輩の言葉に、あっさりと納得して各自練習に入ってしまった。
あちこちから哀れみの目が向けられているのが、ひしひしと伝わってくる。
「それじゃあ始めましょう。でもその前に、エリちゃんの演奏が聴きたいな〜?」
明日香先輩が人差し指を顎に当てて、首を傾げながら頼んできた。
それと同時に少し膝を折って前かがみになる。
そうして下から涙目で見上げてくる、明日香先輩の反則技。
「い、いいですけど、曲は――」
「エリちゃんの好きな曲でいいわ♪」
「――はい、分かりました。では、エルガーの『愛の挨拶』でいいですかね?」
「お願いするわ」
『愛の挨拶』は母さんが好きだった曲だ。
確か、一番初めに教えてもらった曲でもある。
あの頃の懐かしさと、母のぬくもりに想いを馳せ、俺はヴァイオリンを構える。
いつの間にか、各自練習に励んでいた人たちも全員集合していた。
現在時刻は八時・・・・・・ではない。念のため。
俺は目を閉じて、ゆっくりと弾き始める。
一節一節、記憶を辿り、母の姿を思い出しながら。
俺はゆっくりと弾き続ける。
懐かしさを感じながら。
俺は一曲弾き終わると、ゆっくりと目を開けた。