第七回 「大和×雨=-x」

 五月晴れとはよく言ったものだが、今年はその言葉を使う機会が本当に少ない。週間天気予報を見ても一週間ずっと雨、雨、雨。
 一足早い入梅の気配を感じるが、気象庁によると入梅は約三週間後らしい。
 しとしとと降りしきる雨の中、なかなか外で体育ができないことを嘆いている人物が一人、体育館の中心で不満を叫んでいた。
「外で体育したーい!!」
 他ならぬ大和である。
 ここ最近続いた雨のせいで、相当ストレスが溜まっているらしい。
 そのとばっちりがこちらに飛び火しなければいいが。
「何で!? 何で雨なの!? 入梅にはまだ早いでしょうが!」
「まあ落ち着け大和」
「これが落ち着いていられますかっての! あ〜もう毎日毎日私はトレーニングルームでウェイトばっかり! いやになっちゃうわよ!」
 リクの言葉も焼け石に水、いやむしろ火に油。
 大和のボルテージは上がる一方だ。
「浅井〜。吼えるのは勝手だが、片付けが終わってからにしろ〜」
 しまいには体育の先生にまで怒られる始末。
 しぶしぶ片付けに戻るその後姿が、どこか寂しげに見えたのは気のせいだろうか。

「リク、どう思う?」
 どうしても気にかかった俺は、リクに相談を持ちかけることにした。
「ん? やはり監督が変わって、面白くなくなったという意見が多いな。俺はそうは思わんが」
「何の話してんだよ。大和だよ、大和。最近、めっきり元気なくしちまってさ、なんとかしてやれねえかな?」
「ん〜そうだな〜。やっぱり外に連れ出すのが一番だろうけど、この天気じゃなあ」
 今日も天気は雨だった。
 雨の度合いと大和の元気は反比例して動いていた。
 今の大和は、借りてきた猫のようにおとなしい。
 なんというか見ていて気味が悪かった。
 こんなもやもやした気持ちでは、もうすぐ訪れる中間テストに集中できるはずもない。
「この前できた全天候型フィールドアスレチックアミューズメントドームなんてどうだ?」
「ああ、『大人も子供も楽しめる、新感覚のアトラクション満載!』っていうあれだろ? 確かにあれなら思い切り体を動かせるだろうけど、大和が納得するかな?」
「するさ。あれでも心は、割と少女だったりするんだぞ?」

「なあ大和。この前できた全天候型――中略――に行かないか? 日頃のストレスも解消できると思うけど」
 まるで気力のない大和に話しかけるのは、なにか気まずいものを感じたが、それでも誘わないことには大和復活作戦は始まらずして終わってしまう。
 とりあえず誘う段階は成功。あとは乗ってくれるかだが、大和は眉をピクリと動かし、数秒考え込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行く」
 ・・・・・・テンション低っ!
 思わず声に出してツッコんでしまいそうになったが、こんな弱々しい姿を見せられてはそれもできない、否、してはいけない気がした。
 一応、今週の土曜日に約束をし、そそくさとその場を立ち去った。
 どうも調子狂うな〜も〜。

 土曜の朝、待ち合わせ場所に向かうため、俺は程よい時間の電車に乗りこんだ。
(ふう、この時間なら目的地まで三十分くらいで着くな・・・・・・と、ん?)
 俺はふと横を見た時、心臓が飛び出そうなくらい驚いた。
(あの子だ!)
 そこには、俺がS公園で一目惚れした彼女が!
 何たる偶然。何たる奇跡。これぞ神の思し召しに違いない!
 そう思って俺はゆっくりと彼女に近づいていった。
 端から見たらかなりの不審者だっただろうが、そのときの俺に周りの目を気にしている余裕なんか無かった。
 それほどに俺は緊張していた。
 そうして俺は、彼女のすぐ側まで来た。
 が、この位置関係ではどう考えても大学生風のお兄さんが邪魔だ。
(どいてくんねぇかな、この兄ちゃん)
 足でも軽く踏んでやろうかと思って、視線を下に落としたとき、兄ちゃんのつま先が光ったように思えた。
(・・・・・・は? 何だ?)
 俺はその光ったものの正体を知ったとき、怒りがこみ上げてきて、そいつの足を思いっきり踏んづけてやった。
「痛ってぇ! 何しやがる!」
「いえいえ、ちょっと靴に仕込まれてるカメラが目障りだったもので、つい・・・・・・」
 そう言いながら、俺は靴をグリグリと踏みつける。
 兄ちゃんのつま先から、パキッという音が聞こえると同時に、電車の発車を知らせる音が構内に響いた。
「さあ、駅長さんとこ行こうか? お兄さん?」
 俺は兄ちゃんを連れ、電車を降りた。
「あ、あのっ」
. プシューという音とともに扉が閉まる。
 彼女はそのまま電車に乗っていってしまった。
 惜しいことをしたかと半ば後悔しながら、俺はこの変態を駅長さんに突き出し、いろいろと事情聴取をしたあと、待ち合わせ場所に向かった。
 こりゃ完全に遅刻だな。

back index Novel top next→