CASET――とある有名な都立高校の話――

 「どうなってるんだ、これは?」
 男は、学校にある自分のロッカーの扉が、中の圧力に耐え切れずに半開きになっている異様な光景に、頭を悩ませていた。
 靴箱には、大量の箱のようなものが詰まっていた。
「どうしたカズ? うわっ、何だこれ。悪戯か?」
 カズと呼ばれた男子学生は、今、扉を開けたら確実に雪崩が発生するであろうロッカーを前に、未だ教室に向かえないでいた。
 カズは、その端麗な顔に身に付けた眼鏡をクイッと上げると、困ったような顔で続けた。
「なんだか分からないが困った。これじゃ、教科書が出せない・・・・・・」
 ロッカーの中には、カズが今日の授業で使用するであろう教科書が収納されているし、無論、それがなければカズは授業に参加できない。
 まあ、明確には参加はしているのだが。
 先ほどからカズ、カズと馴れ馴れしく話しているが、彼の本名は木村一樹。
 以降、私は彼のことを一樹と呼ぶことにしよう。
 因みに先ほど一樹に話しかけていたのは、クラスメイトの秋山圭吾である。
 彼のことは圭吾と呼ぶ。
「とりあえず開けて、後で仕舞い直せばいんじゃね?」
 圭吾は、我関せずの無責任な方法を持ち出してきた。
「まあ、それでもいいんだけどさ・・・・・・。うん、まあ、いいか。」
 何を納得したのか分からないが、一樹は圭吾の助言に従い、一気に扉を開けた。
 ガラガラガラガラガラ!!
 ただでさえ閉まりきってなかった扉だ。
 当然、開ければ中の物は、それこそガラガラと豪快な音をたてて崩れ落ちた。
 そこにやってきたのが、元気印のハツラツ娘――水瀬真実である。
 学生カバンをグルングルン振り回しながら飛び跳ねている。
 中に弁当なんて入っていたら、確実にミックスされていることだろう。
「おっはよ〜、お二人さん! 今日何の日か知ってる?」
 その質問に素早く答えたのは一樹だ。
「アル・カポネと抗争を繰り広げていたバッグズ・モラン一家のヒットマン六人及び通行人一人の計七人が殺害された日だろ?」
「違〜わなくもないけど違う! 誰もそんな難しい返答は求めてないし。バレンタインよ! バ・レ・ン・タ・イ・ン! ってことではいっ二人とも。ホワイトデーには三倍返しが原則よ。分かった?」
「あ、ああ。ありがとう。そうか、バレンタイン。ってことはまさかこれは・・・・・・」
 そう言って一樹は、自分の悩みの種である箱の山を見た。
 見事にてんこ盛りである。
 一体、このロッカーの何処に、この量の箱が収納されていたのかと言わんばかりの量だ。
「何? うわっ、凄っ! 流石はカズね。モテモテじゃん」
 真実は一樹と箱の山を見比べて、ケタケタと笑っていた。
「おっかしいな〜。俺の方にはそんな形跡ないんだけどな〜」
 竹馬之友に人気度で負けたのが余程悔しいのか、圭吾はバツの悪そうな顔をしていた。
「あれ? そんなことないでしょ。ケイも一応モテてるはずよ? 一応。仮にも宝林三本柱(トリニティ)の一人でしょ? ま〜、騙されたと思って、自分のロッカー開けてみな?」
「一応って二度言うな。ったく、お? お〜! 入っているじゃん、箱!」
 嘘でも冗談でも騙されたわけでもなく、圭吾のロッカーには、それらしき箱が五、六個入っていた。
「ほらね。だから言ったじゃない。あと一つは確実に貰えるわけだ。あ、言ってるそばから・・・・・・」
「へっ? な、何? 私の顔に何かついてる?」
 そこにやってきたのは、彼らの親友――星野可憐だった。
「ほら、可憐も何かこの二人に用事があるんじゃないの〜?」
 可憐のわき腹を肘で突付く辺り、どうもお節介のようにしか見えない。
 可憐は次第に頬を赤く染めながら弱々しい声で箱を二つ、目の前の男子生徒に差し出した。
「ど、どうぞ・・・・・・。あんまり、味の保証は出来ないけど・・・・・・」
「何? 可憐、手作りなの!? 勿体無いな〜。この二人なら、そこら辺で買った百円チョコでいいのに」
 真実は、可憐の行為にひどく不満があったらしく、ため息を吐きながら愚痴をもらしていた。
「ありがとう。真実の百円チョコとは比べ物にならないほど嬉しいよ」
 皮肉っぽく、それでいてどこか笑いを含んだ返答をしたのは一樹の方だ。
「そうそう、どこかの誰かさんは、俺たちには百円チョコでいいっていうんだもんな〜。宝林三本柱も堕ちたもんだぜ」
 これに圭吾も皮肉で続く。
 流石に分が悪くなってきた真実は「私だって、別に百円チョコを二人にあげたわけじゃないのよ? 例えよ例え。ちゃんとしたのを買ってきました」と言って、そそくさと教室の方へ戻っていった。
「そういや、三本柱で一番モテたのって、リナだっけか?」
「そりゃあそうだろ。バレンタインにも、ホワイトデーにも、カバンいっぱいに箱貰ってた」
 気が付くと圭吾と一樹は、とある心友の思い出話を始めていた。
「気ぃ使って、も一個カバン持ってってやったもんな」
「ああ、それでもギリギリだった。今頃、何をしているやら」
 二人は、いつも一緒だった心友の今を想像しながら、今日一日を過ごすのだった。
 この二人のチョコの箱は、下校時までにもっと増えていることだろう。

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